沖島勲
『まんが日本昔ばなし』のシナリオを書きながら、“—むかし、むかし…”と云うが、一体、どの位昔なのか、と自問自答して苦笑することがありました。
先日(2007年9月)、ポレポレ東中野での初日舞台挨拶の際、阿藤快さんは、“これタイトルが抜群に良い。これが一千年じゃダメなんですよ。ねぇ、監督?”と云い、私が“そう。一千年じゃ、色々バレちゃって、まずイ”と言って、これ又、笑ったという事があります。
もう、四、五年…それ以上にもなるんですか。熊本のホテルの一室で(大学に教えに通っていた為)、深夜、イラク侵攻のニュースを見ながら、そしてそれ以後…何とも言いようのない憂うつで、うっとうしい気分が続きました。
そうして、それは、今も続いています。
丁度その頃、『一万年、後….。』の企画は、私の中で浮上したのでした。
人によって感じ方は様々なので、一概に云える筈のものではないのですが、少なくとも私にとっては、このイラク戦争というのは独特のもので…今迄の、数ある戦争の中の一つではなかった。
勿論、具体的な一人の日本人として、アメリカやブッシュに対して、激しい怒りや抗議の念を持った事は当然なんですが…そんな事よりも何よりも、“アゝ、人類は、もう、お終いだな” “人間という種族は、滅びるな” “(自分を含めて)人間というのは、大した事ないナ”…そんな念が、強かったのです。
“そんな事…アニメの世界では、しょっ中言ってるよ”という風に、言わないでほしい。
又、“気の弱りで、世界を一まとめにして考えたんだろう”とも、言わないでほしい。
そう云うのとは、どこかが、微妙に違う。
イヤ…これ以上の事は言いたくない。
それ以後、例えば、“歴史”という事に関しても、所詮は、人間というつまらない種族について言っているだけじゃないかと…根本的なところで、興味を失っている事に気づいてしまう。
そんな最中に、『一万年、後….。』の企画が浮上したのでした。
人間という種族がどうなろうと、もう、どうでも良い…自分が、そのはしくれとして生を受け、楽しく、明るく、元気だった頃…そこへ、帰って行く、喜び。
その喜びを得る為に、この映画を作ったのでした。
疎開先の岡山の田舎から、中学二年の時、大阪で働いている父のところへ、遊びに行きました。
大阪は、私が生まれ(東住吉区北田辺)、四才になる迄、暮らしていた場所です。
そんな話も、この映画に、登場します。
(了)